知らない?
ここにあった気持ちを…
すべり台
からりと晴れた空に、ふわふわとした雲が浮かぶ。
間違わない様に言っておくが、真夏と言うわけではない。れっきとした梅雨時期なのだ。梅雨の中休みと言われてはいるが、もう梅雨は明けたのではないかと思えるほどに、こんな天気が続いている。
「暑い…」
蝉が鳴いていないのは唯一の救いかもしれない。
この晴れた中、プールの授業ならば体育も楽しかったのだが、生憎とまだ運動場でのベースボール。
本業はサッカーだっての、何て何の意味も無いことを親友と言い合ってみたり。
「あーつーいー、曇れ−」
「誠二…無理言ってるよ。今日は一日いい天気何だから。」
汗が背中を流れ気持ちの悪いことこの上ない。
贅沢は言わないからせめて影に逃げ込みたいと考え、空を見上げる。そこには白い丸いボール。
さっきの軽快な金属音はこのボールを打った音だったのか、自分の上から落ちて来るボールを太陽のまぶしさに、顔を顰めてグローブに収めた。
「笠井ナイスキャッチ!」
叫んだのはこの暑い中でさえ、楽しそうにボールをバッターに向かってボールを投げている野球部所属のクラスメイト本田(だったはず)。
藤代はすでにこの授業に飽きているらしく、しゃがみ込んでしまっている。その行動には賛成したいかもしれないが、点数を下げられるのも困る。
ボールが捕手のグローブに収まる、乾いた音が聞こえる。それ以外は何の音も聞こえないような気がする。
キーンコーン…カーンコーン…
この授業の受講者には救いの音が、鳴り響く。静まり返っていた空間が、急激に騒がしくなる。
「よっしゃー!ご飯、ご飯 v」
「その前に着替えね、」
つい先ほどまでだれていた藤代は、スキップでもし出しそうな勢いで教室に向かっている。
流石はエースストライカーと言うべきか、その速さは伊達ではない。―追いつけないって…―
教室に入るとそこには上半身裸の数人のクラスメイト。笠井は無性にこの空間にいる事が嫌になる。これだから、体育の後は休み時間が長いのは良くないのだ。小さく溜め息を吐き、タオルで粗方汗をふき取り制服に袖を通した。
「竹巳ー、キャプテンが屋上でって」
「分かった、って誠二ちょっと待ってよ」
愛しのキャプテンに合うために、笠井の手を持ち、猛ダッシュ。笠井としては勘弁して欲しい限り。
屋上にはすでに三上と渋沢の姿があった。
それぞれ手に持つ昼飯の種類により味の好みが分かるなと、毎度ながら笠井はぼうっと思う。
「竹巳」
名前を呼ぶ、手招きをする。
いつもと変わらない行動に、いつもと同じように笠井は三上の隣に腰をおろした。
「さっき体育だろ?お疲れさん。」
差し出されたのは、ひんやりとしたアクエリの缶。炎天下の中運動場にいたのだからこの差し入れは嬉しい限りだ。
「あ、ありがとうございます。三上先輩」
自然と笑顔になる顔で礼を言い、缶を受け取ろうとすると、すいっと缶をずらされる。
笠井は一瞬行動を止め、じっと三上を見る。
「先輩ぃー?」
どうやら自分への呼び方が気に食わなかったらしい。こんなところは子供だなっと笠井は内心微笑む。本人を前に笑えば、機嫌を損ねて後で大変なことになりかねない。
こほんと咳払いし、改めて礼を述べる。
「ありがとうございます。三上さん」
「…まぁ、今はそれでいいか。」
これが限界ですっと言いつつ、冷たく冷えた缶を受け取り渇いた喉を潤した。
こくり、こくりと喉元が上下する。太陽によって温められた体に、心地いい冷たさが広がった。
「小さい時って、こうゆう日に遊びに行きたくなりませんでした?」
「なったかも、公園とかいったな」
遠くを見て思い出しながら三上が話す。
「オレはずっとピアノの練習だったけどね」
少し悲しそうに微笑みながら笠井が言葉を重ねる。
「何で急に、こんな話しなんだ?」
三上の質問に、笠井がポツリポツリと話しだす。
「昔、練習サボって公園に言ったことがあるんです。」
その日は今日みたく、カラリと晴れた夏休み半ばだった。
公園には普段目にしない鉄の塊が、たくさん、無造作に設置されていた。何をするでもなく、自分の目には珍しく映る遊具をみていた。
なぜか、触れてはいけない気がして、遊具で遊ぶと言うことはしなかったが。
その時、突然に空が暗くなり、ざぁーと雨が降り始めた。慌てて近くに在ったゾウを象ったすべり台の下に入り込んだ。
そこにはすでに先約がいて、そのときの自分(小学校2年)と比べ、背も高く大人な雰囲気のある青年がいた。雨が上がるまで彼と話をした。
「たくみちゃんか、可愛い名前だな」(聞かれたので反射的に答えてしまった。)
その言葉に少し恥ずかしくなり、俯いた。彼はそれに関係なく、話しかけてきた。
「いつもここで遊んでる?」
「ううん、お家でピアノ弾いてるの」
「へぇ、ピアノ。じゃぁ今日は?」
「練習したくないから…抜け出してきたの」
彼は、あははと笑った。つづけて「俺も練習とか嫌いだな」と雨の降るすべり台の外を見た。
「たくみちゃんはピアノ好き?」
「うん。好きだよ?」
「今度、俺に聴かせてくれない?」
「うん、いいよ、聞かせてあげる。」
にっこりと笑って答えた。
そのあと、雨が上がるまで彼と話を続けた。他愛も無い話だったはずだ、ただ、彼の名前を聴くのを忘れたのを思い出したのは、晴れた空のした家に帰り、ピアノの練習をしている時だった。
抜け出したことを、父親に怒られ難しい曲の楽譜を渡された。それが出来るまで外には出るなと言うことだ。
それから、彼にピアノを聞かせたくて練習した。弾けるようになってから公園には行ったが、彼には合えなかった。
「へぇ、中学生くらいの奴か?その彼は」
「そうだと思いますよ、今思えば初恋かなっとか思ったり」
くすくすと笑う笠井に対し、三上は険しい顔をする。「ロリコンかよ」と小さく呟く三上。
あぁ、本当こんなところは子供だなと、微笑んでしまう。
三上からすればその名前も分からない「彼」もある意味ライバルなのだろう。笠井はそんな昔のことっと思うのだが。
「彼に今会えるなら、ピアノ聞かせてあげたいなって思うんですよ。」
「何でまた?別にもういいだろ、そんな昔のこと」
チッと舌打ちをして興味なさ気に言葉をはく。笠井としては約束したのに、それを実行出来なかったことが少し心残りなだけ。それに彼は学校でも友達の少なかった自分に、初めて出来た「お友達」だったようなものだから。初恋というのもなくはないのかもしれないが。
「そうですね。あ、新しい楽譜、兄から送ってもらったんですよ。三上さんに今度、聞かせてあげますね?」
「…楽しみにしてるぜ?その彼みたいに聞きしびれない様にな、竹巳ちゃん」
数日後の放課後に、落ち着いたピアノの旋律が流れた。
忘れていた気持ち。
ここに確かにあった気持ち。
今は前とは違う確かな気持ちとしてここにある。
オマケ
笠「そう言えば…彼、三上さんに似てたかも」
三「は…?マジ?」
笠「マジですよ。でも三上さんとは少し雰囲気が違ってたかな?」
三「何だそれ…」
この真相はまた数日後に明らかになるのだった。
END...?