狂想曲・・・第1  [午前2時]

 

コン、コン・・・

大浴場の窓が外側から叩かれる。それを合図に渋沢は窓を開ける。

「三上、いいかげんにしたらどうだ・・・」

窓枠に手を掛け、トンと軽くそこを越え中に入ってくる三上に溜め息交じりで問い掛ける。

「わりぃ、わりぃ。今回はたまたま、開けんの忘れてただけだって。」

悪びれる様子もなく答えた。渋沢はわざとらしく大きく溜め息をつき、大浴場を後にした。

三上は、すぐに部屋に帰らずに談話室の方に向かった。

談話室から仄かに灯りがもれている。

  こんな時間に・・・誰だ・・・?

談話室にはいると、真ん中に置かれたテーブルの上に何冊かの雑誌が置いてあった。開いてあるものもあれば、閉じてあるものもある。その雑誌の横には、筆箱とコーヒーカップが置いてある。持ち主はどうやらこの場所にはいないようだ。

  勉強か?

テーブルの上の雑誌を覗こうとした時、談話室の奥にある簡易のキッチンに人の気配がした。

「・・・あ。」

そこに立っていたのは、同じレギュラーのDFの笠井。

パタパタと音を立て、テーブルまで来ると開いていた雑誌を閉じ、一つに積み上げてしまった。

「・・・三上先輩も飲みますか?紅茶ですけど」

「あ、あぁ」

  見られちゃまずいもんだったのか・・・?

三上は笠井の淹れた紅茶を口に運んだ。

「お、うめぇ・・・お前こーゆーの得意だろ」

「ありがとうございます。一応困らないくらいは出来ますよ」

丁寧すぎるほどの敬語も笠井が使うといやみを感じない。

三上は気に掛かる雑誌の方に無意識に目線を寄せてしまう。それに気付き笠井が少し躊躇い、口を開いた。

「・・・楽譜、ですよ。」

「楽譜・・・?」

ここは間違いなくサッカー部の男子寮だ。そこに楽譜とは不似合いなことこの上ない。

「もうすぐコンクールがあるので、頭に入れておかないといけないんです」

「へぇ、ピアノ弾けんの?」

困ったように笑い「はい」と笠井が答えた。三上は特にピアノだとかに今日にはないが、何故か笠井のピアノは聴きたいと思った。

「もぅ、遅いですし、おれ部屋に帰りますね」

御丁寧に頭を下げ、雑誌を持ち笠井は談話室から出て行った。

  ふうん。律儀な奴。

 

 

 

「キャプテン・・・タクは練習参加なしっスか?」

「ん?笠井か、笠井なら監督の許可を貰っての休みだぞ?」

いつもはうるさいくらいに元気な藤代が、今日は不気味なほどに大人しい。

原因はどうやら、笠井らしい。

「タクさ、最近部屋にもあんま居ないんすよ、放課後もすぐどっか行っちゃうし・・・朝も早く学校行くしさ。俺なんかしたんすかね?」

「藤代、笠井はそんなやつじゃないだろ?何か用事があるのだろう。」

そうっスね・・・とやはり元気なく返事し、藤代は練習に戻った。

 

 

 

放課後、数学教師に職員室に来るように言われ渋々、行った三上は予想以上に遅くなり苛立ちに機嫌を悪くしていた。

渡り廊下を歩いていると、旧校舎の方からピアノの音が聞こえる。それも驚くぐらいに上手い。優しい音だが、芯のはっきりした音だ。誘われるように三上は、旧校舎の音楽室へと足を運んだ。

きっちりと閉じられていないドアから、先ほどよりも鮮明に音が聞こえる。ドアに手を掛け、そっと開き中に入った。

鳴り止まないピアノ。相当集中しているらしく、三上の存在に気付いていないようである。

しばらくし、ピアノの音が止まった。

三上は自然と演奏者、笠井に拍手を送ってしまう。

「!!・・・三上先輩?」

「うまいなぁ、クラシックとか眠くなんだけど、俺。お前のは平気だわ」

「・・・失礼します。」

笠井はさっさと楽譜を持ち、ピアノを閉めてから出て行った。

笠井が居なくなった音楽室で1人、三上は先ほどの笠井を思い出した。ピアノを弾いている間の笠井は、音楽の波に合わせ表情も変わっていた。おそらく自然にそうなるのだろう。普段あまり表情のないというか、苦笑しているところくらいしか見ていない三上は、強烈なインパクトがあった。

ふわりと笑うようにして弾いていた、緩やかなクラッシク。その顔を見てドキッとした。なんとも言えない色香があった。

 

 

 

「分かっています。はい・・・・はい・・・・大丈夫ですから・・・はい・・・失礼します。」

誰もいないと思い、来た普段は使われない階段で笠井の声がして、三上は思わず身を隠してしまった。友達との会話でもなく、恋人でもなさそうだ、親にしては硬すぎはしないだろうか。電話を切ると同時くらいに溜め息までついている笠井に、気付かれぬようその場を離れた。

「笠井の親か?確か・・・母親が有名なピアニストで、父親も有名な指揮者だったはずだが・・・」

「ふうん・・・」

「珍しいな、お前が他人を気にするなんて」

「別に、気にしてるわけじゃねぇよ・・・」

バツの悪そうに三上は答えた。

実際、笠井のことが気になっていることは事実だ。ピアノを弾いている時のあの顔と、電話をしている時の苦しそうな顔が、忘れられないでいる。

  マジかよ・・・

 

 

 

張り切っていきましょう?三笠のくっつくまでです。
ちなみに三上さんは夜、遊びに行ってらっしゃいます。
竹巳ちゃんの場合、今は恋愛だとか言ってられません。後々明らかになります。

ここでちょっと設定。
竹巳パパ(賢悟[ケンゴ])
有名な指揮者。世界中を飛び回っている。とても厳しい人。
竹巳に自分を超えるほどの音楽家になって欲しい。
竹巳ママ(小百合[サユリ])
有名なピアニスト。賢悟と共に世界中を飛び回っている。おっとりとした人。
とても美人さん。竹巳は母親似。竹巳には好きなことをさせてあげたい。
竹巳姉(麻里[マリ])
父親が嫌になり、高校卒業後親から独立。今は彼氏と二人暮しをしている。
ばさばさした性格。母親似だが、少しきつく見える。竹巳を猫可愛がり。
こんな感じです。
この話ではいろんな人出てくるので忘れないようにどーぞ。

2004/8/31   .t